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MIHO MUSEUMに辻先生を訪ねました

美の感性を磨くには

生徒
ぼくたちは総合学習の授業でMIHO MUSEUMに来て、美術品の鑑賞をさせて頂いています。辻先生は、美術品を見られる時に、何を先に見られますか?
辻先生
絵の全体を見るということですね。そして、全体を見てそこから細かいところを見て行く。専門家などは、絵の中に押してある画家のハンコや署名、サイン、それをまずチェックする人がいますが、画家はまず何よりも絵を見てもらいたい訳ですから、それを大切にしなければいけない。絵の全体の構造、構図をまず見るということですね。そして画面の中で、ものの形がどのようにバランス良くお互いを活かし合っているのか、それを見ます。それがいい加減だと絵の力も弱くなってしまう。まず全体を見て、それからだんだん近づいて部分を楽しむという風にしてください。
学芸員
工芸品の場合も同様ではないでしょうか?
辻先生
そうですね。工芸品の優れたものは、何よりも器の形が美しく決まっております。工芸品は色んな角度から見ないといけないですけれども、良いものはどんな角度から見ても美しい。
生徒
普段の生活の中に、美術はどう関わってきますか?
辻先生
普段の生活となると、どうしても乱雑でごちゃごちゃとしたものになってしまうと思うのですけれども、出来る限りそれを美しくするという心掛けですね。物を乱雑に置かない「美的生活」という言葉があるのですけれども、着るものや、身の周りのものを美しいもので統一する。例えば、雛祭りの時には、お雛様を飾って楽しむというのは、最もレベルの高い美的生活だと私は思うのですが、最近は、そういうことも無くなってしまっている。残念ですね。現代の生活の中に盛り込む、取り込むということは案外難しいかもしれない。その代わりになるものとして、美術館があると私は思っております。美術館に来ると、家にいる時との環境がちょっと違いますね。何か生活とは別の空間に入ったような感じで、気分がリフレッシュされますね。美術館と言うのはそういう意味で、生活につながっていながら、それとはちょっと別な空間であるとも言えます。時々出かけることによって、自分自身の気持ちを変える。そこで、特別な時間を過ごす。そういう生活の仕方もあると思います。芸術作品というものは、見ている人に特別な体験をさせるものであって、それを見ていると慰められ、元気づけられる。気分が新しくなるという、そういう効果があると思います。江戸時代の人などは、それを大変意識して、見る人の眼を楽しませるということを、作家が色々と工夫をしておりました。朝から晩まで自分の生活が「美」であるということは理想ですが、それは大変難しい。そういう意味で、美術館などを大いに活用して、なるべく自分の生活の中に美しいものを採り入れるようにしたいと思います。
生徒
私たちの世代で身に付けておくべきこと、学生時代にしておくべきこと、今のうちに身につけておいた方が良いことは何でしょうか?
それは、文字を書いたり、言葉を話したりすることを鍛錬する。そして、自分の頭で物事を判断出来るようにするということが大事だと思います。そういう癖を身につけて行った方が良いと思います。また、絵を見る、描く、音楽を聴く、演奏する、何でも良いから何か一つ、自分の好きなことを見つけるということも大事だと思います。
生徒
MIHO MUSEUM で一番好きな作品は何ですか?
辻先生
私の好きなものは色々ありますけれども、館長になってから偶然のご縁で、館の所蔵品となった伊藤若冲の「象と鯨図屏風」が好きですね。毎年1回は展示したいと思っておりますが、なかなかその場所が無くて困っております。皆さんには、直接見せて上げたいと思いますので、その機会が得られれば、大変面白い作品だということが良く分かります。この屏風は、海辺に象がいます。そして、沖にクジラがおります。そして、お互いが信号を発しあって、何か連絡しています。福岡伸一「生物と無生物のあいだ」という本によると、かれらは超音波で話しているんだそうです。面白いですね。この絵は伊藤若冲が描いたものですが、丁度、私の今の年齢と同じ頃に描いたということが分かります。すごいことでありますね。

「象と鯨図屏風」伊藤若冲筆 江戸時代 寛政7年(1795) MIHO MUSEUM蔵

若い人への期待

辻先生
美術を学ぶなどというと、大変窮屈で堅苦しいことになりますけれど、それよりも美術を見て楽しむということが大事だと思います。面白がるというと不真面目のように思いますけれど、やはり面白くなくてはいけない。そういう意味で、マンガやアニメといったものも美術の兄弟であり、優れたマンガやアニメはやはり芸術だと思います。人生には色々、つらいことや楽しくないこともありますけれども、そんな時の気分転換に音楽や美術などの芸術というものがあります。それによって、自分たちが慰められ、自分たちを別の世界へ連れて行ってくれることがあります。そういう体験を岡田茂吉師は「地上天国」への道と呼んでおられます。現実には色々なことがあり、それを浄化して地上天国へ行き着く。その道のりは遠いと思いますが、みなさんには、その力が備わっていると思います。そういう力をもっと強くして、もっと元気になる。そのために美術があると私は思います。このMIHO MUSEUMは、学芸員の世代交代に差し掛かっております。若い人がどんどん入って来られて、美術館に若い力を与えて欲しい。ぜひ、皆さんの中から未来の学芸員が現われることを、私どもは心から期待をしております。

※地上天国…岡田茂吉師が提唱する真善美の世界、病気、貧乏、争いの無い人類が理想とする世界

プロフィール

辻惟雄(MIHO MUSEUM前館長)

つじのぶお 美術史家。専門は日本美術史。東京大学名誉教授、多摩美術大学名誉教授。時代や分野を超えてある日本美術の特質として、「かざり」「あそび」「アニミズム」の3つを挙げている。